歓喜の瞬間は、少し遅れてやってきた。韓国の李尚薫(イサンヒ)と一度は、タイスコアで上がった。すぐにプレーオフに進むところを、スコア提出場で待ったがかかった。11番ホールで李の違反行為があったかもしれないという。狭いテントの中に、競技委員8人全員が集合する物々しさ。その場でVTRでの検証が始まった。重苦しい空気の中から、竹谷はそっと抜けだし練習グリーンに向かった。
「事情はよく分からない。でも僕は、とにかくさっきのリベンジをしようと思った。そのことだけを考えた」。上がりの連続ボギーで頭がいっぱいだった。「不甲斐ないと思った」。17番のティショットは何かの物音に反応して左へ。「仕切り直さなかった自分の弱さが出た」。初Vを目前に、完全に冷静さを欠いていた。ボールは運良く木に当たって出てきたが、そのミスを引きずったまま「最後もどうやって打ったか覚えていない」。最終ホールもまた左に曲げて、林へ。「プレッシャーなのか、緊張なのか。最後まで自分を貫けなかった」。
首位タイからスタートした最終日は、張棟圭(ジャンドンキュ)と李(イ)の2人の韓国選手に挟まれて、「ショットでは敵わない。僕の技術では、ピンに向かって打つ自信がない」。まともに相手をするよりは、とにかく自分はフェアウェイに置いて、「あとはパットでやっていくしかない」。今日も、得意分野で勝負しようと決めたはずだった。「でも最後の最後にその気持ちを忘れていたと思う」。一度は4打差をつけながら土壇場で、追いつかれた。「悔しかった。プレーオフでは絶対にこの借りを返してやろうと思った」。
しかし、結局その機会は来なかった。ホールアウトして、約20分後に下された裁定は李の2罰打。思いがけない形で転がり込んできた初勝利には「複雑な気持ちです」。戸惑いながら受け取った。ツアープレーヤーNO.1の称号は「でも、素直に嬉しいです」。
後味こそ悪くても、タイトルにふさわしい好ゲームだった。特に9番からの5連続バーディは圧巻だった。もともと天性のパット巧者も「それだけじゃない。何か見えない力が働いていた」。自ら「神懸かっていた」と言った。7メートル前後のバーディトライを次々とカップに沈めて「普段なら入らない。ゴルフの神様が入れてくれたのだと思います」。表彰式後の“フェアウェルパーティ”は主催者や関係者、ボランティアのみなさんとのいわば“労いの会”でも聞かれた。「どうしてそんなに入るんですか?」。「うう~ん、僕にも分かりません」。でも、強いて言うなら「入れたい気持ちよりも、狙ったところに打ちたいと思う」。普段の練習もひたすらその一心で取り組む。「竹谷さんの練習量は、ハンパではない」とは、使用クラブのミズノのプロスタッフだ。たとえば、SWの交換はどの選手もたいてい年に1度か、多くて2度程度という。「でも竹谷さんは多い年なら4度も替える。溝もソールもすり減って、人一倍練習している証拠です」。
ベテランも注目していた。常に、ボール1個分ほど余らせて短く握る。このオフはJGTO主催の宮崎合宿で、4スタンス理論の廣戸聡一氏の指導を受けて、ますます開眼したショット。いち早く気付いて「小さいのに振り抜きが凄くいい」と、絶賛したのは谷口徹だ。手嶋多一も「パンチ力のある、歯切れの良いゴルフをする。ひとつ波に乗ったらとことん行ける選手」と、練習ラウンドではいつも一目置いていた。
プロ9年目の34歳が、いよいよ目覚めた。昨季のチャレンジトーナメントは最終戦の「JGTO Novil FINAL」で覚えた初優勝の味。「あの経験が、確かに生きた」。チャレンジランクは2位の資格で本格参戦を果たした今季は、さらなる飛躍の糧とした。
腰痛で、野球からゴルフに転向したあとも膝や手首のケガに泣かされ続けた。「それでも耐えて、耐えてコツコツと地道に頑張ってきた」。人一倍の時間と努力を重ねてきたからこそ、喜びもまた倍になる。しみじみと言った。「ゴルフに出会えて本当に良かった」。この日、初めて夫の応援に来てくれた。妻の慶子さん、長女で5歳の祐泉(ゆい)ちゃん、1歳の一優(かずひろ)くん。家族の前で、強い父親を見せられた。「理解して、ずっと僕の好きにさせてくれた」。ずっと恩返しがしたかった。「やっと、ひとつ報われた気持ちです」。
肩の荷を下ろす間もなく優勝賞金3000万円に加えて、数々の特典には、改めて身も引き締まる思いだ。デビュー時には竹谷にもあった米ツアーへの憧れ。「でもプロになり、現実を知り、自分には無理だと諦めていた」。途方もないと思った夢が、いま現実にそこにある。勝者に贈られる世界ゴルフ選手権「ブリヂストン招待」と「HSBCチャンピオンズ」の出場権。ひそかな自問。「僕なんかが行ってもいいのか」。プレゼンターの青木功に「それに耐えうる体力とゴルフを今から作るんだ」と、言われて神妙に頷く。また「5年シードはこれから5年、タダで試合に出られるということ。でも今日の3000万円で、足りるかどうかはお前次第」とは、祝福の言葉としては、あまりにも深い。背筋がピンと伸びた。「やっと勝てたというよりは、ここからが一からのスタート」と、思わずにいられない。
「おい竹谷! おまえ次のセガサミーカップで絶対に予選落ちはするな。それがまずは一流になる条件。石にかじりついてでも予選は通れ」と、青木のゲキが骨身にしみる。同時に、手にしたタイトルの重さがのしかかる。「この優勝に恥じない選手になる。また一から頑張っていく」。余韻に浸る間もなく肝に銘じた。