今季のNO.1プレーヤーに輝いたからには絶対に、認めるわけにはいかない。どこまでも頑固に言い張った。「圧勝でしたね」。確かに、結果だけみれば初日から首位を走り続けて「完全優勝」。特に、前日3日目は悪天候に見舞われて、日をまたいだ第3ラウンド。最終日は、早朝3時半起きで、コースに居座りほぼ半日。屈指の難コースで計22ホールを戦い抜いた。
長い長い1日は、本当は「死ぬほどつらかった」。
18番で、10メートルものバーディパットがカップに沈んだ瞬間は、涙が溢れて止まらなかった。どうにか3打差で逃げ切って、真っ赤に泣きはらした目。駆け付けた1万3956人の大ギャラリーにもバレバレだったが、それでもやっぱり男たるものやすやすと、認めるわけにはいかなかった。「いいえ、泣いてないです」と、しらを切り通したチャンピオン。1日3つのダブルボギーも、「大会を盛り上げるためです」と、苦しい言い訳に終始した。
ぶっちぎりのまま逃げ切ったら、視聴率にも差し支える。「石川遼も上位争いしてないから。このままだとチャンネルを変えられる」。NHKの生放送が始まったのは12番。そのあと宍戸の“アーメンコーナー”は、14番から一気に5オーバーの大崩れは「視聴率を上げるため。わざと混戦にしたんです」。直後のヒーロー会見でも、表彰式のスピーチでも、テレビのインタビューに答えるときも。公衆の面前では意地でも見栄を張り続けた。
だがクラブハウスに引き上げて、テレビカメラのない記者会見で思わず溜息。「あ~ぁぁ」と、つい大きな息を吐き出して、ポツリとこぼした。「石川遼みたいには、なかなか勝てない」。37歳でのツアー通算8勝目にして、ゴルフの難しさを痛感して改めて、感心しきり。「やっぱり最後の最後まで、気持をコントロールしないと勝てないんだ、と。遼クンは、18歳でそれが出来ちゃう。凄いよね」と、苦笑いでつぶやいた。
最終日は前日3日目の第3ラウンドの残り4ホールをこなし、続く最終ラウンドは7打差の単独首位からスタート。いきなり1番で、あわや右OBのダブルボギーを打ったがこのときはまだ冷静だった。イメージはここでも石川だ。大会2日目に、やっぱり1番でダブルボギーを打ちながら、すぐに3番からの連続バーディで取り返した18歳。驚異の精神力をお手本に、すぐに2番のイーグルで取り返した。
一時は通算10アンダーまで伸ばして確信した。「あとは後半の14番と、17番のティショットを乗り切れば」。大量リードのまま、楽勝で逃げ切れるとタカをくくった。あとから思えば、これこそ誤信。「決めつけちゃって、守りに入った」。13番の速報板では自分が6打差つけていることを知り、なおさら「マッチプレーならもう終わってる」。その過信も災いした。
たちまち平常心を失ったのは、直後の14番だ。15メートルのバーディパットは2メートルもショートした。3パットのボギーで突然、襲いかかったプレッシャー。続く15番のティショットは極度の緊張状態に「完全に体が止まっていた」という。そのあとは、あまり「記憶がない」という。
この日2つめのダブルボギーは、ほとんど当の15番にいなかった。左に曲げたティショットは隣の17番のラフにあり、第2打は17番のフェアウェーに出すしかなく、3打目でもまだ脱出できず、4打目を今度は16番の池ギリギリに落とした。5打目でようやく本来の15番に戻って2パット。「ここまでは想定内」と、まだ冗談を言う余裕もあったがさすがに17番は「想定外」。
先に第2打を打った平塚哲二が、グリーン奧に打ち込んだ。それを見た宮本は、「どんな手を使っても勝ってやろう」と、安全に刻んだ。それが裏目に出た。平塚が、奧からのアプローチを今度は5メートルもオーバーさせたはいいが、自らも1メートルのボギーパットを外して、この日3つめのダブルボギーを叩いたころには、「もう何百回深呼吸したか、分からないほど震えてた」という。
とうとう、2位とたった2打差で迎えた最後の18番は、もうなりふり構っていられなかった。「頼む、真っ直ぐ行ってくれ」と、祈る思いで打ったティショット。198ヤードは4番アイアンの第2打を夢中で乗せた。2パットのパーで御の字は、「入れるつもりもない。入ってしまった」という10メートルのバーディパット。呆然と、カップから拾い上げたウィニングボールがぼんやりと、霞んでいた。
同組の平塚と岩田寛に祝福を受けて、こみ上げてきた涙。次の瞬間に、どっと堰を切って溢れ出た。専属キャディのピーター・ブルースさんは、「感情をめったに表さない。冷静沈着な男」だ。その人が、サングラス越しに号泣していた。我慢も限界。泣きながら、その首にむしゃぶりついた。涙の抱擁、深まった絆。「ブルースと、初めてハグした瞬間でした」と涙目で、照れくさそうに打ち明けた。